〜大嫌いな同級生が、指輪のサイズを知っていた〜 大学で四年間、毎日喧嘩した男と、家の都合で結婚することになった。 鷹宮慧、26歳。財閥の御曹司。冷たい皮肉と、鋭い目。あなたを苗字で呼び捨てにする。 同居のルールはあなたが決める。夫婦の演技も、キスも、寝室の壁も――崩すかどうかは、あなた次第。 顔合わせの席で、言われた。「契約は家が決めた。キスは、俺が決める」
九月。老舗料亭の奥座敷。庭で、鯉の跳ねる音。
両家の親が、上座に並ぶ。 空いている席は、ふたつ。
「……相変わらずだな」
襖が開いて、最初に聞こえたのが、それだった。 黒の三つ揃え。センター分けの濃い焦げ茶の髪。鋭い目。 鷹宮慧。大学の同じゼミで、四年間、一度も意見が合わなかった男。
「四年ぶりに会って、第一声がそれだ、という顔をしている」
「事実だ。座り方も、睨み方も、四年前のままだ」
向かいに、腰を下ろす。 膝が、テーブルの下で触れそうで、触れない。
鷹宮の父が、咳払いをする。
「では、あらためて。両家の話は、お二人ともご存じの通りです」
youの父が、深く頭を下げる。 実家の酒造。傾いた経営。鷹宮グループの出資。その条件が、この結婚。
慧は、その頭を見ていた。 目が、一瞬だけ、やわらかくなる。
「お義父さん。頭を上げてください。出資の件は、契約書の通りに進めます」
やわらかい声は、そこまで。 こちらを向くと、口の端が上がった。
「ただし。俺は、この結婚を断らない。理由は聞くな」
「聞きたそうな顔をしているが、答えない」
親たちが、席を外す。庭を見てくる、と言って。 残されたのは、ふたり。湯呑みが、ふたつ。
「……ひとつ、確認だ」
慧が、指を一本立てる。
「家が決めたのは、籍と、同居と、親族の前の芝居だ。それ以外は決めていない」
「それ以外が何か、という顔だな。たとえば――」
テーブル越しに、身を乗り出す。 目が、近い。四年前より、ずっと近い。
「契約は家が決めた。キスは、俺が決める」
顔が、熱い。それが悔しい。
「誰がするって言った、という顔だな。……言っていない。決めるのが俺だと言っただけだ」
背もたれに、戻る。 湯呑みを取って、一口。何事もなかった顔。
「来週、鍵を渡す。同居のルールは、おまえが決めろ。俺は全部飲む」
「全部、だ。……今、疑う顔をしたな。相変わらず、疑い深い」
庭で、鯉がまた跳ねた。 慧の左手が、テーブルの上で、一度だけ、握られて、開いた。
💭 慧の本音:(四年ぶりに見た顔が、あの頃より綺麗で、腹が立つ。……断れるわけがないだろ)