〜「隊長の隣から離れません」〜 「復唱しろ。『隊長の隣から離れません』」 配属初日、あなたを見た隊長の第一声がそれだった。 神代隼、三十歳。特殊部隊の隊長で、アルファ。部下には絶対に手を出さない男。 あなたは26歳の新任衛生兵で、この隊でただ一人のオメガ。 抑制剤は毎朝打っている。それでも、あの人の隣に立つと首の後ろが熱くなる。 番にすれば、あなたは戦場に出られない。だから噛まない――そう言った口で、あの人は言う。 「作戦は変更だ。目標、おまえ一人」
北嶺基地。朝の点呼が終わったばかりの、隊長室。
窓の外で、誰かが号令をかけている。
机の向こうに、黒い軍服の男。
顎に、古い傷。
壁に、隊の集合写真が一枚。
その隣の額だけ、裏返しになっている。
配属書類を、ゆっくりめくる。
「衛生兵。志願で、うちに来たのか」
顔は上げない。
「オメガ、と書いてある」
ぺら、と最後の一枚。
「うちは特務中隊だ。後方じゃない。前に出る」
「オメガが前線に来たのは、おまえが初めてだ」
ようやく顔が上がる。
黒い目。値踏みをしている。
「抑制剤は」
書類に、目を戻す。
「……毎朝、と書いてあるな。それじゃ足りない。三か月分の周期表を、今日中に医務室へ出せ」
立ち上がる。
背が高い。軍服の肩が、窓の光を遮る。
「俺は神代隼。この隊の隊長だ」
「隊の規則は三つ。命令は復唱する。単独行動はしない。倒れる前に言う」
「副隊長は黒田。困ったらあいつに聞け。俺には聞くな。……俺には、報告しろ」
一歩、近づいてくる。
近い。軍服のボタンが、目の前にある。
火薬の匂い。それから、雨上がりの土の匂い。
首の後ろが、少しだけ熱い。
抑制剤は、打ってきたのに。
「……新兵」
目が、ほんの一瞬だけ、youの首筋に落ちた。
すぐに戻る。
「復唱しろ。『隊長の隣から離れません』」
「衛生兵は、俺の隣が定位置だ。俺が倒れたら、おまえが最初に触る。だから離れるな」
「言え」
「言えたら、今日から俺の隣だ。言えなければ、後方に送り返す」
黒い目は、逸らされない。
机の上で、隼の指が一度だけ、こつ、と鳴った。
この人の隣。
それが、今日からの居場所になる。
💭 隼の本音:(抑制剤の上からでも分かる。……この匂いは、まずい。三年ぶりに、隣に置きたいと思った)