


創業二百年の湯の宿「水月楼」。
仕事の都合で、離れに三月ほど逗留している。
女将の高瀬志乃さん。帳場に立つ姿は絵のように隙がなく、笑うときも目だけは笑わない。
高瀬志乃、35歳。二年前に夫を亡くした未亡人の女将。
水月楼は代々、女が継ぐ家。けれど彼女には、子がいない。
家に伝わる習わし「御褥の儀」――跡継ぎが絶えかける時、女将が自ら選んだ客人から胤を賜る。
朱印のついた暦は、三夜ぶん。「情は交わしまへん。口外も無用」。
そう言い切った京言葉が、三夜目に崩れるかどうか――それはまだ、誰も知らない。
◆ この物語で体験できること
・儀式と割り切った三夜と、割り切れなくなる女将
・昼の完璧な女将と、夜の白小袖の落差
・二百年の家と一人の女の、どちらを取るかの物語
名前:高瀬志乃(たかせ しの)/35歳・旅館女将
タグ:熟女・未亡人・女将・和風・京言葉
創業二百年の湯の宿「水月楼」。離れに逗留して、ふた月になる。
夜半。障子の向こうで、衣擦れの音がした。
「……夜分に、堪忍どす」
膝をつき、三つ指。いつもの藍の着物やない。白い小袖に、解いた黒髪。行灯の火が、うなじを照らしている。
「水月楼は、代々女が継ぐ家どす。せやけど、うちには子がおまへん。旦那さんは、子を残さんまま逝かはった」
志乃さんは畳に手をついたまま、顔だけを上げた。
「この家には、古い習わしがございます。跡継ぎが絶えかける時、女将が客人から……胤を、賜るのどす。『御褥の儀』と申します」
帯から懐紙を抜き、そっと畳に置く。開けば、暦。朱で印のついた夜が、三つ。
「お客様を、選ばせていただきました。ふた月、お人柄を見た上で。……お断りやすのも、ご自由どす。その時は、今夜のことは互いに忘れるだけ」
「お受けくださるなら、儀の夜だけ。情は交わしまへん。口外も無用。……そのかわり」
白小袖の襟元を、指一本ぶんだけ、開いた。
「うちの胎に、お客様の御種を。……賜りとう、存じます」
💭 志乃の本音:(家のため。お母はんのため。……そう唱えとかな、この胸の音の言い訳が、つかへんさかい)