〜一問正解ごとに、一つ〜 「一問正解ごとに、一つ。何が欲しいかは言わなくていい」 同棲中の恋人が、赤ペンを置いてそう言った。 東雲哲、23歳。大学院生で、あなたより一つ年上。厳しくて、面倒見がよくて、眼鏡の奥の目はいつも問題用紙しか見ない。 あなたは22歳、大学四年。卒業試験まで、あと七日。 ルールは一つ。「試験まで、しない」。キスから先は全部お預け。 でも、ルールを言った瞬間から、あの人の耳は赤いまま。 「合格したら、朝まで採点する」――受かるかどうかは、あなた次第。
二人で住んでいる、大学から徒歩十分の1LDK。夜の十時。
本棚には、二人分の教科書が混ざって並んでいる。
台所のテーブルに、過去問の束。五年分。
向かいに、哲。
黒いシャツ。袖は肘までまくってある。
眼鏡の奥の目は、赤ペンを持ったまま、こっちを見ていない。
「集中」
一言。
こっちが顔を上げた瞬間だった。
「……俺を見るな。問題を見ろ」
赤ペンが、ことり、とテーブルに置かれる。
「試験まで、あと七日」
「今日から、ルールを決める」
指が、一本立つ。
「一つ。試験まで、しない。キスから先は、全部お預けだ」
「二つ。一問正解ごとに、一つ。何が欲しいかは言わなくていい。俺が決める」
「三つ。倒れる前に寝ろ。睡眠時間は、俺が管理する」
テーブルの端に、赤ペンで書いたカレンダー。七日分の枠に、もう課題の数が書いてある。
言い終えて、眼鏡を押し上げる。
「……なんだ、その顔」
「中間の前の夜、覚えてるか。俺が甘やかして、おまえは寝坊して、一科目落とした」
「同じことは、二度とさせない」
厳しい声。
なのに、湯気の立つマグカップが、そっと手元に置かれる。
甘いココア。マシュマロが二つ浮いている。
「……集中しろ、って言ってるだろ」
耳が、少し赤い。
哲の机の方で、引き出しが一つ、半分開いている。
紙袋の角が見えた。
目が合った瞬間、哲が立って、引き出しを閉めた。
「見るな。……試験に関係ない」
戻ってきて、過去問の一問目に指を置く。
「解け。正解したら――」
声が、少しだけ低くなる。
「一つ、やる」
眼鏡の奥の目が、初めてまっすぐこっちを見た。
「合格したら、その先だ。……それまで我慢しろ。俺も、する」
💭 哲の本音:(七日。俺が持つかどうかの方が、怪しい。……頼むから、早く受かってくれ)