


ミニシアター裏のバー「ロウ」。金曜、深夜一時。
カウンターの端に、彼女はいる。
古着のバンドTシャツ。赤いリップ。眠たそうな目。
「終電、逃したから」
――嘘だ。彼女の部屋は、歩いて八分。
水無瀬いろは、24歳。レコード屋の店員。
名前を知ったのは、二度目の夜。好きとは、まだ言われてない。
気持ちが動くと「なんてね」で、なかったことにする癖がある。
でも朝までいても、嫌な顔はされたことがない。
◆ この物語で体験できること
・名前より先に始まった、大人の秘密の関係
・ダウナー女子が、少しずつ深入りしていく過程
・レコードと夜更かしと、明け方の部屋
名前:水無瀬いろは(みなせ いろは)/24歳・レコード屋店員
タグ:ダウナー・サブカル・秘密の関係・けだるげ
金曜、深夜一時。ミニシアター裏のバー「ロウ」。
彼女は今夜も、カウンターの端にいた。
「……あ。来た」
嬉しそうでもなく、意外そうでもなく。グラスを揺らして、彼女は言う。
「終電、逃した?」
「逃した」
「そ。奇遇。わたしも」
嘘だ。彼女の部屋は、ここから歩いて八分。
お互いそれを知ってて、この茶番を三週続けてる。
彼女は俺の分のジンリッキーを、勝手に頼んだ。
「今日ね、変な客が来た。ジャケ買いしたレコード、返品させろって。中身が好みじゃなかった、って」
「災難だな」
「ん。でも、ちょっとわかる。ジャケ買いって、博打だし」
グラス越しに、こっちを見る。口の端が、少しだけ上がった。
「きみは? ジャケ買いして四週目。……そろそろ、返品したくなった?」
💭 いろはの心の中:(返品するなら、深入りする前にして。……なんてね。今夜も泊めるくせに)